国会質問録

予算委員会地方公聴会

○浜田靖一座長 これより委員からの質疑を行います。  質疑の申し出がありますので、順次これを許します。國場幸之助君。

○國場幸之助委員 貴重な御意見、まことにありがとうございます。まず、石嶺会長に質問を何点かしたいと思います。私たちは、予算委員会で、午前中、那覇空港、航空自衛隊の視察をしてまいりました。石嶺会長からの発言にもありましたように、那覇空港というものは、沖縄の地理的な優位性を生かし、なおかつ、島嶼県、離島県としての不利性を克服する最大の沖縄県の基幹インフラであると思っております。シンガポールのリー・クアンユーさんが、かつて、島嶼圏、島嶼地域において、その国の地域の空港や港湾機能以上にはその地域経済は発展しないんだ、そういう言葉を残しておりますが、私は、これからの沖縄の発展を考えるときに、那覇空港のあり方というものは最大のテーマの一つであると考えております。観光入域数も八百六十一万人と、過去四年連続で最高を更新しておりますし、その一方で、きょうも航空自衛隊のブリーフィングを受けたんですが、那覇空港の特徴として、航空自衛隊、陸上自衛隊、海上自衛隊、三つの自衛隊の部隊が駐留する日本で唯一の空港でもございます。そして、海上保安庁第十一管区、これは日本最大の管区となっておりますけれども、海上保安庁も那覇空港を活用している。そういう中におきまして、民間の飛行機そしてまた自衛隊機、軍民共用という側面もありますので、非常に過密状態にあるわけでございます。二〇二〇年にはもう一本の滑走路が完成してまいりますけれども、会長からの発言にもありましたが、二〇一五年の那覇空港の離発着の容量、これが今、十五・八万回でございます。それが、二〇二〇年にもう一本増設されたとしても十八・五万回。三万回もふえないというわけであります。ちなみに、自衛隊の方は二・一万回ぐらい毎年離発着の回数がありますけれども。那覇空港という、沖縄の県経済において、そしてまた日本とアジアとのかけ橋としての役割、ひいては南西地域の安全保障の側面という重要な側面を踏まえた際に、那覇空港の容量というものを抜本的に向上させるためにはどのような将来構想を必要と考えているのかという点につきまして、会長のお考えをお聞きしたいと思います。

○石嶺伝一郎君 ありがとうございます。先ほど、飛行機の発着の能力が三、四割程度しか伸びないというところですけれども、これをもう少し詳しく申し上げますと、現在の滑走路を仮に第一滑走路、それから新しくできるところを第二滑走路と呼ばせてつけますと、第二滑走路に着陸した飛行機が現在の空港ターミナルに行くには第一滑走路を横切らないといけない。そうすると、第一滑走路を横切るに当たっては、第一滑走路に離発着する飛行機が優先されますから、そこまで待たされる形になるということで、そういったものが一つ、発着回数をふやさない要因がある。それからもう一つは、第二滑走路に着陸した飛行機が第一滑走路、ターミナルに着くまでに、第一と第二の間は一・三キロぐらいの距離があります。そこを地上走行してやる、しかもまた第一滑走路で、そこの離発着があるときにはそこでまた待つということになると、着陸してもなおかつお客様が飛行機から出られないという状況が続く。そういったものを見ると、効率性という意味では、現在のターミナル、第一滑走路にあるターミナルの位置では非常に効率性が悪い。それをどうするかといいますと、これは、例えば、仮に第一滑走路と第二滑走路の間に新しいターミナルをつくると、それが両方有効に使えますから、今の一・三倍、一・四倍がまたさらに大きくなる、一・八とかという部分になっていくんじゃないかというような形でございます。また、これも含めて、那覇空港の効率的な運用という部分について、それから使う側から見たターミナルビルについて、ここはもう少ししっかりと抜本的な検討を加え、中長期的に構想を練る必要があっていまして、それは経済界としても、これからいろいろな形で勉強しながら国とか県に提言をしてまいりたいと考えております。以上でございます。

○國場幸之助委員 ありがとうございます。那覇空港の第一滑走路と将来の第二滑走路との間に旅客ターミナルを移転するという、本当に大胆、かつまた将来への提言もいただきました。ぜひとも、地元の経済界として、基幹空港である那覇空港の将来ビジョンというものは、絶えず連携をとっていきながら、その構想の形に、課題の解決に努めていきたい、このように思っております。もう一つ、那覇空港の特徴としましては、クルーズ船のことにも言及されておりましたが、空港と港が非常に近いという、それは優位性であると思っております。例えば、今、外航クルーズ船の寄港の回数は沖縄県が日本で一番多い県になっておりますが、クルーズ船と飛行機を組み合わせたフライアンドクルーズという観光の形態、さらには、今、那覇空港は、二十四時間空港という優位性を生かして、航空物流の重要な拠点にもなっております。きょうとれた青森のホタテがあしたの朝の香港の朝食に出る、また、熊本のイチゴとかメロンが翌朝、香港やシンガポールに届く、また、愛媛のタイとかブリが翌日のマレーシアのランチで食べられる、これは全て那覇空港の優位性を生かした新しい日本の、日本全体に貢献できる物流のロジスティックのモデルであります。しかし、その一方で、課題というものは、例えば、外航クルーズ船が若狭のバースの方に寄港する際に飛行機の飛行ルートの真下の方を横切るために、離発着の際に、那覇空港の航空機が、クルーズ船が通過をする間上空で待たされるという事態も起きております。空港と港湾機能が近接しているという優位性を生かして、そしてまた、なおかつ、それがゆえの課題というものを克服していくために、この空港と港湾の機能の有機的な連携、ひいては将来の那覇軍港の跡地利用も含めて、どのようなお考えを持っているかという点についてお聞かせください。

○石嶺伝一郎君 特に私の方からは物流との絡みでお話をさせていただきますけれども、まず、航空物流につきましては、海上の物流に比べて日数が大幅に短縮されるという高速性のメリットがあります。それから、海上物流については、航空輸送に比べて運賃が大幅に安いというものがあります。したがって、航空運輸の高速性とそれから海上運輸の低コスト、この二つのメリットを、この二つが連携することによって国際物流ハブという形成ができるのではないか。これは、もう既に国の方でもいろいろな形での施策を打ちながらやっております。そういう中で、必要なものがあるんじゃないか。ただ、今の那覇空港のANAハブの付近、それからロジックセンターとか、そういうもので満杯になっています。だから、将来的に、さらにその規模を拡充するための用地という部分はこれからどう確保するかという問題が出てくるかと思います。それから、港と空港を結ぶ道路につきましても、例えば、今は民間のロジックセンターからトラックで公道を通ってANAの貨物ハブに行くというような形になっていますけれども、この効率性を今後どうやっていくかということも含めて、まだまだ取り組むべき課題があると思います。それからもう一つは、よく言われていますけれども、沖縄から海外あるいは国内外に物を運ぶ、物そのものがまだまだ絶対数が足りないということもありまして、海上物流ですと片荷、片道は空で行かぬといけないというようなところもありますので、そういった片荷解消に向けた支援とか貨物量の増大についてもこれから課題としてしっかりと取り組むべき事項だと考えております。  以上でございます。

○國場幸之助委員 ありがとうございます。続きまして、富川先生に何点かお尋ねしたいと思います。富川先生は、経済の専門家として、そしてまた沖縄県の県庁の参与として多くの実績を残しておりまして、また、今度副知事にもなられたんですか、これから、もうなられたんでしょうか、非常に多くの面で活躍をされております。その富川先生にまず最初にお尋ねしたいことは、ちょうど五年後に沖縄振興計画が期限を迎えます。今までは、本土との格差の是正とか沖縄の優位性を生かすとか、いろいろな段階があったかと思いますが、次の、復帰五十周年以降の沖縄振興の将来の姿、これをどのように描いているのかということについてお尋ねしたいと思います。具体的には、国家戦略としての沖縄振興というものが今の安倍政権の一つの目標でもあるんですけれども、国と県の役割というものをどのように考えているのか。例えば、次年度の沖縄予算、三千百五十億円なんですが、二百億の減額部分が、一括交付金の不用額、繰り越しも含めて、削減の部分が注目をされているんですが、私自身が非常に注目をしている点は、新規で、沖縄の産業イノベーション創出事業、沖縄離島活性化推進事業、これは額としましては約十億と、そんな大きなものではないんですけれども、つまり、国家戦略としての沖縄振興という点を考えた際に、産業イノベーションの人材や有人離島を守るという局面に関しては引き続き国が関与していくという部分だと捉えているんです。富川先生も、沖縄の自立性というものは、やはり、国に依存しなくてもアジアの中でダイナミックに活躍できる沖縄を目指していく、そういうビジョンを描いていると思いますけれども、その際の、将来の沖縄の、次の、五十年以降の振興計画の姿というものにどのようなことを描いているのか、この点についてまずお聞かせください。

○富川盛武君 おっしゃるとおり、あと五年で沖縄振興計画が切れます、沖縄二十一世紀ビジョン基本計画ですが。これについては、その前に、二〇二〇年に、空港の滑走路二本、それから西原にある大型MICEの完成が予定されております。そして、並行して東京オリンピックもありまして、先ほど申し上げたように、この期間に、アジアのダイナミズムのスケールに合うように、スピードに合うようなハード、ソフトのインフラ、それから規制緩和というものを今のうちに仕込んで、練り込んでいって五年後に開花していく。五年後の振興計画については、まだ不透明でありますのでこれ以上私から申し上げられないんですが、おっしゃるように、今、我々の方でも、少なくとも中長期的な、五年後の沖縄というものがどういうふうに展開するかという青写真を計画しております。その中で、一つのポイントは、先ほど申し上げたように、沖縄というのは当然島嶼社会でありますので、やはり過去の沖縄の、琉球の時代にもそうだったんですが、小さな島が発展する場合には外との関係性がなければ発展はできません。当時の万国の津梁というのは、今で言う国際的なネットワークを構築して沖縄がこれだけ隆盛をきわめたというふうに理解しております。今の沖縄においても、制約条件が多うございますので、発展するためにはネットワークが大事だ、そうすると、当然、おのずから臨港産業、臨空産業というのが非常に重要な働きをするかというふうに思っております。先ほど國場先生もおっしゃったように、島嶼社会が発展するための要件としては、港、港湾が大事であるということは全く同感でございます。さて、そういうことを考えたときに、今の那覇空港それから那覇港湾も含めて、あるいは他の多くも含めて、どれだけの規模になるかというのは我々も今勉強中でありますが、少なくとも、今のアジアのダイナミズム、これだけ急速に二、三十万が二百万も来るような状況も来ていますし、この動向もまた当分続くと考えると、やはり現場で相当オーバーフローを来しております。そういうものを今のうちから先を見込んで展開していくということになると、國場先生がおっしゃったように、では五年後、その将来像は何かというと、やはり基本は臨空・臨港産業、そしてその後に観光とかもいろいろ立体的に組み込んでいかないといけないわけですが、まず個人的な見解として申し上げると、やはり一番足場を固めるのは、臨空産業、臨港産業、あるいはソフト、ハードのインフラの仕込みかと思っております。一括交付金につきましても、おっしゃるとおり、非常に有効にイノベーション等々で発展しているところもありますし、これはもう本当に敬意を表したいと思います。そして、おっしゃるように、人材育成がありまして、この人材育成も同じようにオーバーフローを来しております。いろいろな現場では人手がいなくてお客さんをお断りするということもありますし、あるいは、こういう先進的なものを展開する、沖縄をフロンティアとして位置づけられていますので、本土と同列ではなくて、一歩進んだ目玉をつくっていくことによって、それがうまくいけば、日本、本土にも移植するという考えも持っているわけでして、フロンティアの経済戦略というものを今考えておりまして、そうしたときに、どうしても人材育成が不可欠になってまいります。人材育成も、我々は今、策を練っておるわけですが、めり張りをつけて、スケールが大きいだけじゃなくて、それを支えるような人材の育成も並行していかなければいけないと思っております。これに関しましては、正直申し上げて、各省、国との連携も非常に重要なことではないかと思いまして、我々のシナリオ、我々のプロジェクトをお示しして、ぜひぜひ御理解を賜って、それをよしとするのであればこういうふうな展開をしていただきたいというふうに思います。

○國場幸之助委員 ありがとうございます。ぜひとも富川先生には、副知事にも就任されるわけですので、復帰五十周年事業というものをどのように描いていくのかということも構想し、それを形にしていただきたいと思っております。私は、一括交付金というものは、沖縄の自主性というものを重んじる点からは大変に貴重な制度である、予算措置であると思っておりますけれども、同時に、沖縄が自発的に、内発的に構想し、提案をし、それを国が査定していく、そういう形態になっていないかということは若干懸念をしております。つまり、国家戦略としての沖縄振興という言葉があるとすれば、日本政府として、日本全体を大局的に見据えた上で、沖縄の優位性を生かしていくためにはこういう事業が必要なんじゃないかということを、県と連携をしていきながら、その最初と申しますか、一括交付金という制度を利用した上での日本国政府の沖縄の有効な生かし方というところを、ぜひとも経済の専門家でもある富川先生との連携の中で形にしていただきたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。(富川盛武君「連携よろしくお願いいたします」と呼ぶ)はい。また、もう時間が迫ってまいりましたので、最後に基地の問題についてお尋ねしたいんです。佐喜眞市長、本当に、普天間の一日も早い閉鎖、撤去と、そして、沖縄を取り巻く、日本を取り巻く南西地域の安全保障の緊迫した状況というものを踏まえた上で、抑止力の維持、そしてまた負担の軽減という、非常に難しい連立方程式を解いていかなければいけないという課題に直面していると思います。しかし、普天間の返還が合意されて二十一年間動いていないという現状に本当に心労しているかと思いますけれども、その中で、佐喜眞市長が描く沖縄の安全保障のグランドデザイン、つまり、在日米軍基地にしても自衛隊の役割にしても、沖縄県民の理解なくして日本の安全保障というものは機能していかないわけでありまして、そういう点で、沖縄の基地の一番難しい象徴でもある普天間を抱える首長としてどのようなメッセージを発することができるかということは、やはり私はみんなが注目しているかと思いますので、最後に、市長の思いと安全保障に対する構想と申しますか、お考えというものを聞かせていただきたいと思います。お願いします。

○佐喜眞淳君 ありがとうございます。私は宜野湾市長でございますから、国家間でいう安全保障というものに対して答弁するのはちょっと重みがあると思いますけれども、いずれにしても、私は日米安保というのは必要だと思っております。そういう中においては、私は地方自治体の長でございますけれども、やはり日米間が合意した普天間の返還というのは、着実に前に進めて返還するべきだろうと思っております。また、千ヘクタールと言われるような嘉手納以南の返還はしっかりと実現していく。その返還跡地をしっかりと、国の国策という立場から、沖縄県民と、あるいはまた地方自治体も含めて一緒になってそれを描いていくというのが沖縄の振興あるいは日本の振興に寄与するものだと理解してございます。ぜひ、先生方におかれましても、やはり沖縄の実情というものをしっかりと理解していただきながら一つ一つ前に進めていく。そのために必要なのが普天間飛行場の返還だと思いますし、その返還のためにはどうしても地方自治体も含めて住民のコンセンサスが必要だと思いますから、それを丁寧に説明していただきながら、昨今のアジア情勢を見てもやはり安全保障というのは必要だという認識のもと、いかに沖縄県民の方々に理解を示されるようにやっていくかというのが必要だと思います。その中で、在日米軍というものも七十年以上沖縄にいるわけですから、逆に言うと、アメリカの国民がそこにいる、アメリカの国民とよき隣人としての交流も含めて、沖縄でしかできないことを新たにつくるというのも私は一つの案ではないかなと思いますし、例えばフェンスで閉ざされている環境というものを、何か、アメリカと、沖縄を通して日本との交流、そういう施設とか、あるいはそういう交流の機会というものを与えるということは極めて重要だろうし、また、そういうことがあることによって、次の世代に夢や希望や新たな産業や新たな価値観が芽生えると思うんですね。今までの、復帰四十数年たって、あるいは戦後七十数年たって同じようなことをするのではなくて、新たな道を、自分たちのいわゆるモチベーションを高くしながらやっていく。その中で、国民の安全やあるいは平和を、沖縄県民が貢献しているという自負心というものも必要だと思います。そのためには、やはり沖縄の基地負担を一刻も早く軽減していただきながら、基地のある、いわゆる提供施設というものは、日本国民全ての皆さんが理解をし、一緒になって考えていく。それが沖縄にとっての、二十一世紀沖縄のビジョンが実現するものだと思います。沖縄の可能性というのは、今、富川先生初めいろいろな方々が申し上げましたけれども、本当に次のステージに行くようなやはり価値観というか考え方がないと、何かいつまでも同じような、十年前とあるいは四十年前と七十年前、同じような感覚ではよろしくないのかな。だから、アメリカの在日米軍があるのであれば、そういうことも活用できるような仕組みもどこかで考えていただければいいのかな。ただし、やはり安全保障というのは絶対的に必要だと思いますので、やはり国民の平和を堅持するためには、さまざまな角度から御議論していただけるようにお願いをしたいと思います。

○國場幸之助委員 ありがとうございました。